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12月25日、護と雅と樹の居酒屋トォク!

【とある居酒屋:夕】


藤堂雅 「…………」

藤堂樹 「……兄さん? もしや食事が口に合いませんでしたか?」

藤堂雅 「はは、そうじゃねぇさ。……少し考えごとをな?」

藤堂樹 「仕事のことですか?」

藤堂雅 「いや……実は昨日、サンタ姿の神楽坂さんを目撃したんだが」

藤堂樹 「12月に良く見るチラシ配り、もしくは店外でケーキの予約を募る労働でも?」

藤堂雅 「……お前、この島の英雄を何だと思ってるんだ」

藤堂雅 「島外から来た客に意訳すれば『サンタからのプレゼントだ』と言って最中を渡してたよ」

大井川 「いやあ、あの旦那は時たま突拍子もないことを始めますからねー。もぐもぐ……」

藤堂樹 「…………」

藤堂樹 (……何故彼はしれっと俺達の食事に同席して尚且つ味噌田楽を食しているのか)

藤堂雅 「……だが、それを見た俺はいたく感動してな?」

大井川 「えっ……ねえ樹くん、君のお兄さん大分酔ってない?」

藤堂樹 (そして何故彼は年上の俺を『樹くん』と呼ぶのか)

大井川 「樹くん? もしもーし?」

藤堂樹 「兄は酩酊したことなど一度もありません」

大井川 「酔ってなかったら素でサンタ姿の旦那を見て感動したって言ってるってこと? その方がよっぽどまずいんじゃ?」

藤堂樹 「貴方、この島で英雄ともてはやされる神楽坂響に何か恨みでも?」

大井川 「えっ、君もさっき同じようなこと言ったのに? ……あの、藤堂社長。もしよければ昨日の顛末を語ってもら――」

藤堂雅 「だから俺もサンタクロースになろうかと思ってな」

大井川 「クリスマスも残り数時間だというのに今更!?」

藤堂樹 「……何か問題が?」

大井川 「あ、いえ……なんでもないです……」

藤堂雅 「よし、樹。藤堂呉服も日頃の感謝を込めクリスマス商戦としゃれ込むぞ」

大井川 「あっ、えっ……? あの、サンタになるなら無料配布なのでは……?」

藤堂樹 「何故そんな慈善活動を我々がしなければならないのですか?」

大井川 「樹くん、頼むから自分の意見を持って?」

大井川 (なんてこった……空気役が心底似合う俺がツッコミ役にならざるを得ないだと……?)

藤堂雅 「まあ、確かに大井川の兄さんが言うことも一理ある。クリスマス商戦はさておき、何か目新しい企画を考えたいところだが」

大井川 (良かった……自動で軌道修正が入った……)

藤堂雅 「おい樹、何か良い案はないか?」

藤堂樹 「そうですね……兄さんの図案力は銀河級ですし、制服を着用する場に意匠料込みで売り込むのはどうでしょうか」

藤堂樹 「藤堂呉服の敏腕若社長であり図案家でもある藤堂雅が誂えた制服となれば、欲しがる人間は数多いるでしょう」

藤堂雅 「なるほど……確かにそれはありだな。ならこれから制服の意匠改良や新規作製を検討してる企業なり学校なりを――」

藤堂樹 「待ってください。兄さんの考案する制服に袖を通すのですから、そこら辺の一般企業や凡人の通う学校であっていいはずがない」

藤堂樹 「なので、ここは一流企業か金持ち学校を狙いましょう」

大井川 (樹くん、相当藤堂社長のことが好きなんだろうなぁ……他人と話す時は虚無の目をしてるのに、お兄さんに向ける目は生き生きしてる)

藤堂雅 「……お前のことだ。そこまで言うってことは、その一流企業や金持ち学校とやらは既に見繕ってあるんだろ?」

藤堂樹 「学校の方だけなら見当をつけてます。こちらの写真をどうぞ」

大井川 (うお、まるで海外の城のような作りの……これが学校? 規模が違う……)

藤堂樹 「こちらは皇(すめらぎ)学園(@takuyo_himeawb )と言います。全寮制の男子校で、巷では王子様養成所と言われているとか」

藤堂雅 「勧める根拠は?」

藤堂樹 「この学園には特別な位置づけの生徒が数名おり、他の生徒たちが着ている物とは違った意匠の制服を纏っているのです」

藤堂樹 「なので単純に考えて意匠料が倍以上見込めるかと」

藤堂雅 「なるほど? ……で、その特別な生徒たちってのはどんな奴なんだ?」

藤堂樹 「こちらの写真をご覧ください」

藤堂雅 「皇千晴(すめらぎちはる) ……ふぅん。この優雅さに満ち溢れた紳士的で正統派な王子様って感じの面構えは……こいつ、この学園NO.1だろ」

大井川 (……え、びっくりするくらい説明くさい……商売柄なのか?)

藤堂樹 「はい、兄さんの見立て通りです。この彼を筆頭にこちらとこちらの彼……」

藤堂雅 「ふむ……荒城政宗(あらしろまさむね) か。こっちは一見強引そうで威圧感を覚え勝ちだが男気と度量の広さが半端なさそうだな」

大井川 「…………」

大井川 (…………え? これってまさかのツッコミ待ち? この兄弟、俺にツッコミを求めてる?)

藤堂雅 「だがこの穏やかで人当たりが良さそうだが二面性も垣間見える仙僧供夢慈(せんぞくゆめじ) ってやつは生徒じゃねぇだろ?」

藤堂樹 「仰る通り、彼は教員です。ですが彼も特別な立ち位置らしいので、普段使いの背広を仕立てるのも良いかと」

大井川 (……いやいや、例えボケだったとしても俺は空気系お兄ちゃんで売ってるんだ。聞かなかったことにするぞ!)

藤堂樹 「それに加えてこちらの眼鏡の彼ですが……」

藤堂雅 「おい、この八十八騎一角(とどろきかずみ)って奴は……こう、なんだ……冷たい印象の中に仄かに感じる“ユニコーン”の五文字――」

大井川 「突然の雑!?」

藤堂樹 「……何ですか? 藤堂呉服の代表である藤堂雅が話している最中に大声を上げるなどとは余程のことですよ。頭にロウソクを二本突き刺した白装束でピンク頭の女が島の住人でも屠り始めましたか?」

大井川 「いいえ何でもないです。済みませんでした」

藤堂雅 「! 樹……こいつは……」

藤堂樹 「流石です。兄さんも気付きましたか?」

藤堂雅 「当たり前だろ? こんなの誰が見ても明白だ。大井川、お前も見てみろ。この写真の男……」

大井川 「紙袋中人(かみぶくろなかひと)……? 俺にはただの不審者にしか見えませんが」

藤堂雅 「……いや、こいつは金を稼ぐことが何よりの生き甲斐って顔をしてやがる」

大井川 「紙袋被ってて表情全く分からないんですけどォ?!?!!?」

藤堂樹 「何ですか藤堂呉服の代表である藤堂雅が話している最中に大声を上げるなどとは余程のことですよ好きな女の言いつけを破って自分も火に撒かれてしまいなさい」

大井川 「本当にすみませんでした。……ええと、写真から分かるなんて、商売人ってすごいんですね……?」

藤堂樹 「当たり前でしょう、藤堂呉服の代表なのですから」

大井川 「あ、はい」

藤堂雅 「さってと……そろそろここはお開きにして、月の畔にでも行くか?」

大井川 「えっ」

藤堂樹 「気は進みませんが兄さんが行くのでしたら」

藤堂雅 「お前、本当にあそこの女将には容赦ないな。飯は美味いだろ?」

藤堂樹 「…………さあ」

大井川 「あの、何故突然月の畔に……? 制服どうのこうの話もまだ終わってな――」

藤堂雅 「そんなもん美味い酒とつまみが食いたいからに決まってるだろ? 後、さっきのは酒の席の戯言だ」

藤堂樹 「ああ、貴方はまだ飲酒出来ない年齢でしたっけ」

大井川 「………………なるほど」

藤堂雅 「ん? どうした?」

大井川 「呑めないとは言え藤堂呉服で有名なお二人の酒席に同席出来たのは貴重な体験でした。ありがとうございます」

大井川 「今日のことは藤堂呉服の若社長とその右腕の華麗なる居酒屋トォクとでも題して何時か記事にさせて頂けたらなと思う所存です」

藤堂雅 「おお、良いぜ? アンタの食い扶持に多少なりともなるなら、こんなに目出度いことはねぇしな?」

大井川 「流石藤堂社長、今後ともよろしくお願いします」

大井川 (……うん、流石俺。妹の旦那候補として目を付けた男は軒並み食えない相手であることが判明)

大井川 (でもその方が妹の相手としてふさわしい訳だが)

藤堂樹 「何を突然真面目な顔をしているのです?」

大井川 「いやあ、妹にいい土産ができたなと思いましてね?」

藤堂樹 「……?」

藤堂雅 「……まあ何でもいいさ。ほら、早くしねえと月の畔も店仕舞いの時間になっちまうだろ?」

大井川 「はい。……あ、でも今日は」

藤堂雅 「何かあるのか?」

大井川 「いや、そういえば妹が友人(兼、旦那候補)数名と、宴的な何かをするかもしれないなと」

藤堂雅 「あん? ……なら長居はできねえな。今日は止めとくか?」

大井川 「いえいえ是非! お二人なら妹も大歓迎だと思いますから!」

藤堂樹 「そこまで言われると行きたくなくなるのですが」

大井川 「そこを何とか!」

藤堂雅 「……俺達が邪魔になりそうなら途中退場って手もあるしな。樹もたまには俺以外の人間と喋る場を作っとけ。な? 仕事以外で」

藤堂樹 「………………分かりました」

大井川 「よし、そうと決まれば先に行ってます! お二人のこと、妹に話しときますんで!」

藤堂雅 「あ、おい! ……って、行っちまったな。全く、随分と賑やかな男だよ」

藤堂樹 「……ですが昼行燈と見せかけて心の内では必要以上に頭を働かせる性質と見ました。彼は関わり合いになりたくない人種です」

藤堂雅 「あれでまだ二十歳前ってのが末恐ろしいところだが……ま、仲良くしとくに越したことはないだろ? 敵にするよりは」

藤堂樹 「ええ、確かに」

藤堂雅 「……そんじゃま、ぼちぼち移動し始めますか」

藤堂樹 「はい兄さん。仰せのままに」

藤堂雅 「ところでさっきの皇学園(@takuyo_himeawb)ってのは、実在する場所なのか?」

藤堂樹 「さあどうでしょう? 何せ酒の席での話ですから」

藤堂雅 「全く……お前も大人になったもんだ」



…… We wish you a Merry Christmas!




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ザカサンタのプレゼント

神楽坂「本日は俺の持ち込み企画となる」

望月 「珍しいですね。どういう風の吹き回しですか?」

神楽坂「珍しくなどないだろう? 俺ほど慈善活動が似合う人間もそういまい。言うなれば神楽坂サンタクロース、略してザカサンタだ」

望月 「神楽坂さん、酔ってますね……」

望月 「というか“さんたくろーす”……。だからその格好なんですね?」

神楽坂「ほう、良く勉強しているようだ」

望月 「こんなところで確認したくありませんでした」

猪口 「ところでその慈善活動の内容とは?」

神楽坂「ザカサンタの贈り物だ。サンタとはそういう生き物だろう」

神楽坂「という訳で、本日は来客を迎えて強制的に贈り物を渡す。そしてもうすぐ当人がこの残月島の居酒屋に来る」

榛名 「展開はやっ!? っていうかここに呼び出したんだね。サンタって自分で相手の所に向かうものな気がするけど……」

猪口 「神楽坂さん、相手にはどう伝えて呼び出しているんですか?」

神楽坂「相手は無類の最中好きとのことだったからね、“この残月島に伝説の最中がある”と言っておびき寄せた」

猪口 「おびき寄せた……?」

望月 「何だか響きに不穏な要素を感じるのは気の所為ですか?」

猪口 「ああ、神楽坂“響”さんだけに! 面白いことを言うね、望月くん!」

望月 「え…………」

榛名 「っていうかその最中ってさ、もしかして……」

神楽坂「ああ、女将が用意してくれている」

榛名 「やっぱり……。っていうかあんたの慈善活動に彼女を巻き込まないでよ彼女は慈善活動じゃなくてそれで生計を立ててるんだからその辺ちゃんと考えて――」

神楽坂「それなら問題ない。だがそれはまた後で。今大事なのは慈善活動だ」

榛名 「はぁ? 後でってなに!? 僕が聞きたいのはそんなことじゃなくて――」

神楽坂「おっと、そうだった。君達にも今から来る客人の紹介をしておくべきだったな」

榛名 「ちょっと! 僕の話を遮らないでよ!!」

神楽坂「これから来るのは“恋の花咲く百花園”から百花園の園長を務める“藤村かなえ”氏だ」

神楽坂「ちなみに“恋の花咲く百花園”という正式名称は長いので、以降は“コイハナ”と呼ぶように」

望月 「え、ええと……名前はさておき、“コイハナ”というのは何ですか?」

神楽坂「植物園で花を育てながら恋心も育てるのが“コイハナ”だ。以降の質問は受け付けない」

望月 「? はぁ……」

猪口 「良く分かりませんが、引き下がるしかなさそうですね」

神楽坂「さて、そろそろ来てもおかしくない時間になる。俺は別の席に移っておくから、行く末を見守っておくように」

猪口 「? 皆で迎えるのではないのですか?」

神楽坂「君達全員がいたら相手も萎縮してしまいかねない」

榛名 「サシっていうのも、それはそれで気が合わなかったら最悪だけどね」」

神楽坂「なに、心配することはない。俺に任せておきたまえ」

望月 「相変わらず自信満々ですよね」


~それから席を別れ、およそ10分後~


がらがらがら……


かなえ「あの……“ザカサンタ”さんって、いらっしゃいますか?」

神楽坂「ああ、俺なのだよ。こちらに来たまえ」

かなえ「? って……本当にサンタの格好してたんですね!」

神楽坂「ああ、今日は俺が君のサンタクロースとなろう」

かなえ「それでプレゼントが“伝説の最中”と」

かなえ「突然、離島に住む自称サンタクロースから手紙が来たから何事かと思いましたよ!」

神楽坂「君が枕元に“世界一美味い最中が食べたい”と書いた手紙を毎日置いて寝ていただろう」

かなえ「俺の秘密がいつの間にかサンタにバレている……」

神楽坂「ザカサンタに願い事は全てお見通しなのだよ。サンタクロースとは、そういうものだろう?」

かなえ「! 確かに……」



榛名 (あれ絶対どこかで下調べしてるよね、やばくない?)

猪口 (本当に本人だけしか知らなそうな秘密だが、どう調べたんだろうか)

望月 (……知ってはいけないんでしょうね)



かなえ「それじゃあサンタさん、早速ですが伝説の最中をください」

神楽坂「その前に、ここはどこだか分かっているかね?」

かなえ「え、居酒屋ですけど……」

神楽坂「だとしたら、まずは酒を頼まねば。それが大人の礼儀作法というものなのだよ」

かなえ「ああ、これは失礼しました。……それじゃあ、この島の名産の酒とかありますか?」

神楽坂「無論だ、任せておきたまえ。……ああ、すまないが“氷山の一角”を一つ頼む」

かなえ「ひょ、氷山の一角……というお酒なんですか?」

神楽坂「ああ、“表面に現れている事柄は全体のほんの一部にすぎないことのたとえ”、まさにこの島にぴったりの酒だ」

かなえ「はぁ、そうなんですね……?」



猪口 (ところであの酒代は、やはり紅霞青年団から……?)

望月 (いえ、多分俺の懐からです)

猪口 (……望月くん、焼き鳥でも食べるか? 俺が奢ろう)

望月 (ありがとうございます。猪口さんって、優しいですよね)

望月 (…………)

榛名 (なんで僕を見るのさ)

猪口 (心配するな、望にも奢る)

榛名 (渉は優しいなぁ!)

榛名 (…………)

望月 (何故俺を見るんですか?)



かなえ「ごくごく……っ、ぷはーっ! 美味いですねぇ、“氷山の一角”!」

神楽坂「ああ、これが残月島なのだよ」

かなえ「いやぁ、いいところですね、残月島。ここに来るまでの景色も凄く綺麗でしたし、温泉もあるんですね!」

神楽坂「そうだろう? その上、伝説の最中だってある。……という訳でものは相談なんだが」

神楽坂「君、この残月島に越してくるというのはどうだね?」

かなえ「え……えっ!? いやぁ、ははは……あの、突然ですね……!?」

神楽坂「ああ、ここは良いところだ。君も気に入ってるのなら何も問題はないじゃないか」

かなえ「そ、そうは言っても仕事もありますし……」

神楽坂「すまない、それは盲点だった。ちなみに君は何の仕事をしているのかね?」

かなえ「ああ、俺は“百花園”の園長をしてます。……今更ですがこういうものです」

神楽坂「これは……名刺か」

かなえ「ええ。“藤村かなえ”です。よろしくお願いします」

神楽坂「俺は“神楽坂響”だ。名刺はないが……良く言えば啓蒙家の端くれ、悪く言えば無職だ」

かなえ「ははっ、面白い人ですね。……それじゃあものはついでに年齢を聞いてもいいですか?」

神楽坂「忘れてしまったよ」

かなえ「え?」

神楽坂「俺も良い年のようだ、もうろくしてしまった。すまないね」

かなえ「そ、そうですか。いえいえ……その、大丈夫ですよ」

かなえ(……触れない方が良さそうだな)

神楽坂「しかし君は園長をしていたのか。その上場所が百花園……確かにそれはすぐに答えは出なそうだ」

かなえ「そうでなくても、遠い場所に引っ越すのは結構人生でも大きな決断な気がしますけどね!?」

神楽坂「それなら、百花園ごと越してくるのはどうだろう?」

かなえ「えっ……百花園ごと!?」

神楽坂「今の仕事に嫌気が差しているのならば、すぐにでも辞めてこの地上の楽園に単身乗り込んでくるだろう?」

神楽坂「だが、そうしないのは多少なりともその“百花園”とやらに思い入れがあるからだ」

かなえ「そ……それは、いや、性格にもよると思いますが……」

神楽坂「? では、百花園に思い入れはないのかね?」

かなえ「いや、ない訳じゃありませんが……」

神楽坂「だとしたら、やはり百花園ごと引っ越すのが最良だろう」

神楽坂「この残月島にも文字通り華を添えることが出来る。景観は無論のこと、美しい女性達にも華を添えることが出来る」

かなえ「は、はぁ……」



榛名 (……僕、あのおっさんの考えてることが分かった気がする)

猪口 (慈善活動ではないのか?)

榛名 (それはただの口実)

榛名 (伝説の最中を餌に百花園をこの紅霞市に移転させて、観光事業を更に拡大したいっていうのがあのおっさんの考える本当の目的なんだと思う)

望月 (というか相手の人、この島に引っ越してきたいとは一度も言ってませんけどね……)



かなえ「いや、でも一度持ち帰って検討を――」

神楽坂「おっところっと忘れていた。俺は“ザカサンタ”だったな」

神楽坂「という訳で、伝説の最中を進呈しよう」

かなえ「おっ、待ってました! 美味い酒と伝説の最中なんて最高ですね!」

神楽坂「さぁ、これだ」

かなえ「おお……この丸いフォルムに可愛らしい手の平サイズ! ぱりっとしてそうなのに柔らかそうなこの皮の感じ!! 餡もさぞ素晴らしいんでしょうね……!!」

神楽坂「この島で一番の職人に作らせたのだよ。無論、君の為だけに」

かなえ「そ、そうなんですか!? それは凄い……」



猪口 (! 今、喉の鳴る音が聞こえたぞ)

榛名 (え、ここまで聞こえるってやばくない? 彼女の料理にそそられるのは分かるけどさ)

望月 (……でも、ここに彼女がいたら頭を抱えてそうですね)

榛名 (は? 何で)

望月 (いえ、期待値の煽り方が異常だなと)

榛名 (事実じゃん)

望月 (…………)

猪口 (! このオニオコゼの天ぷら、美味いな……)



かなえ「い……頂きます!」

神楽坂「ほう、豪快にかぶり付くのかね」

かなえ「勿体ないのでちまちま食べようかとも思ったんですが、それこそ勿体ないなと」

かなえ「やっぱり至上の幸福を得る為には、一気が一番。という訳で……はぐっ! もぐもぐ……」

神楽坂「どうかね?」

かなえ「ん~~~~……なんですか、これ、たまりませんね……っ!!?」

神楽坂「ほう」

かなえ「このぱりぱりとしていながらも、しっとり感を忘れない、仄かに甘く柔らかい皮!」

かなえ「そしてこの芳醇な餡! 適度に残った粒の柔らかさが、濃厚に舌に絡みついて……俺の心を掴んで離さない!!」

かなえ「ああ……俺は今この瞬間、この伝説の最中に恋をしてしまった……」



榛名 (えええええ……っ!? あの人頭おかしくない!?)

望月 (貴方に言われたら世も末ですが、おかしいですね)

猪口 (……大丈夫だろうか)

望月 (どう考えても大丈夫じゃないですね)

猪口 (やはり望月くんもそう思うか)

望月 (ええ。あの興奮具合は正気の沙汰ではありません……)

猪口 (ああ。それに最中に恋をしてしまったら無機物と愛を育むことになる……子孫を残すことも出来ない……)

望月 (気にするところはそこなんですか?)

榛名 (……っていうかちょっと待って。なんか変な胸騒ぎがする……もしかして、これって……)



どんっ!!

かなえ「職人に会わせてくれ!!!」



榛名 (ほらきた!!!!!!!)

望月 (ちょっと榛名さん、声大きいですよ!)

榛名 (あんたは気にしないでいられても、僕はそんな余裕ないんだよ!!)

望月 (ちょ、俺だってそりゃ彼女のことは……)

ぽとっ……

猪口 (…………)

望月 (猪口さん、オニオコゼの天ぷら落としてます)



神楽坂「……どうしたのかね? 突然机を叩いて。食事の席では大きな音を立てぬように」

かなえ「ああ、いや、つい興奮してしまって……」

かなえ「失礼。……それでは改めて、これを作った職人に是非会わせて頂きたい。一生のお願いだ」

神楽坂「……君の一生のお願いは、それで良いのかね?」

かなえ「それくらいの気持ちって例えですよ。俺にとっての最中は生死に関わるんです」

神楽坂「なるほど、女将の手の平から生まれるものは毒にも薬にもなる……と。まさに言い得て妙というものだ」

かなえ「女将……これは女性が作ってるんですか?」

神楽坂「ああ、いかにも。彼女は料理を作るのが得意でね」

かなえ「是非会わせて頂きたい」

神楽坂「それは難しい相談だ」

かなえ「えっ、何故……」

神楽坂「彼女は日々忙しく働いている。中々他人に割く時間が作れないのが現状だ」



榛名 (その通り! 彼女に会いたかったら店に行って貢げ! 貢げ!! 貢いで借金してまた貢げ!!!)

望月 (榛名さん、静かに……)



神楽坂「だが、一つだけ方法がある」

かなえ「! 是非、ご教示願いたい」

神楽坂「それは……………………君がこの島に百花園ごと引っ越してくることだ」

かなえ「……話が戻ってきましたね」

神楽坂「ああ。君がこの島に越してくれば、彼女にも会うことが出来るだろう」

かなえ「…………」

かなえ「取り敢えず、一度持って帰って検討します」

神楽坂「……ふむ。最中に興奮していた割には急に冷静になったな」

かなえ「……“忙しく働いてる”って言葉を聞いて、ちょっと思いだしたことがありまして」

神楽坂「ほう、それは?」

かなえ「うちの百花園にも新人の女性職員が来たんですよ」

神楽坂「そして君は彼女に恋をしている、と」

かなえ「え! 何故急にそうなるんですか……」

神楽坂「違うのかね? 恋は盲目という言葉もある。そんな気持ちすら落ち着かせる女性と言うからには、君にとってはそれ相応の気持ちを抱く女性なのだろう?」

かなえ「…………」

かなえ「さぁ、どうでしょうねぇ?」

神楽坂「“どう”というのは?」

かなえ「……そのままですよ。どうなんでしょうね?」

かなえ「ただ勿体ないですよ、俺なんかには。若くてキラキラしてて、元気で、それに快活で……」



望月 (ほっ……)

猪口 (どうしたんだい? 望月くん)

望月 (いえ、彼女とは似ても似つかないなと)

榛名 (なぁんか、その子に想いを馳せてるような顔してるもんね)

猪口 (さっきまでやや緊張気味に見えたが、二人ともすっかり落ち着いたみたいだな。良かった良かった)

望月 (猪口さん、ねぎま美味しいですか?)

猪口 (ああ。だが俺のおすすめはオニオコゼの天ぷらだ)

榛名 (さっきからずっとそれ食べてるもんね。僕はつくね食べよ!)



それから――

何故かお酒を追加して酔っ払った藤村かなえは、所謂“ましんがんとぉく”を始めてしまった。

そして何故か己の悩み相談などを始め、その内神楽坂響の前で眠りこけてしまった。





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