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月影の鎖 ~ブラック♥バレンタイン~


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自分で明るく記事を書いて、そのまま内容も内容なSSまで一人で激走するのは辛いので、

誰か俺に変わって、SSまでの繋ぎとなるブラ♥バレの記事を作ってください。

未来の残月島紅霞市を担う若いイケメン達なら、出来ると信じています。

宜しく、頼んだ……ばたっ

まもる

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神楽坂 「わざわざ効果音まで書き残すとは。大井川の本気が垣間見えるね」

望月 「判断するところがおかしくないですか?」

猪口 「ところで、皆さんは彼女から "ちょこれいと” を貰いましたか?」

雅 「ああ、"私が元気な内にお渡しさせて頂きます”と、午前中にわざわざ届けに来たな」

樹 「およそ若い娘が口にする言葉ではありませんがね」

神楽坂 「そうだな。俺のような老いぼれならまた話は別だが。それはさておき、俺も貰ったな」

望月 「俺も貰いました。中がサクサクしていたんですが……あれは何でしょうね?」

猪口 「あれは "くっきー” だ。小麦粉に卵やバターなどを加えて作る、異国では広く親しまれているお菓子だな」

雅 「そんなもの、あの田舎娘が良く知ってたな」

猪口 「俺がいつだったか何気なく話したんだ。まさかそれをこんな時に作って渡してくれるとは……」

猪口 「ちなみにバターは牛乳を30分程度振り続けることで――」

神楽坂 「ところで先ほどからずっと黙りこくり、部屋の隅で膝を抱えている榛名がいる訳だが」

猪口 「! なんと、気付きませんでした。望、どうしたんだ?」

榛名 「…………彼女から、チョコレート貰えなかった」

望月 「えっ……嘘ですよね?」

榛名 「こんなことで嘘吐いてどうすんの!? 嘘なんて吐く訳ないじゃん!! 馬鹿なの!!?」

雅 「なら何が理由なんだ?」

榛名 「……『紅霞市の観光協会からもっと大きな物が貰えるとお伺いしたので』って」

望月 「あー……」

猪口 「あー……」

神楽坂 「それは仕方が無いな。君もあんなに喜んでいただろう」

雅 「まさにブラック♥バレンタインなアレだな。……おい、樹」

樹 「はい、兄さん」

樹 「という訳で、証拠に 【 月影の鎖 ~ブラック♥バレンタイン~ 】 の結果発表ムービーをどうぞ!!」

望月 「ムービーですか!? ……お、お金掛かってますね」

神楽坂 「紅霞市に有終の美を飾る為なのだよ。それが紅霞市の見栄というものだ」

神楽坂 「最後に、もう知っている者も多いかも知れないが一つお知らせが入っているから、そちらも見逃さぬよう」





樹 「以上の結果から、今回RT数が一番少なかった大井川護さんには依存グッドSS」

樹 「そして、RT数が一番多かった榛名望さんには依存バッドSSが紅霞市観光協会から贈られることになりました」

樹 「彼女のいう"もっと大きな物”ですね」

望月 「まぁ、今回SSとして掲載されるのは大井川さんだけで、榛名さんがSSになるのはまた別の媒体ですがね……」

神楽坂 「つまり、今は名誉だけが与えられた状態で、彼が欲しいものは未だ手に入っている訳ではないのだが」

榛名 「うっ、うっ……嬉しいのか悲しいのか分からない……っ」

猪口 「それより皆さん、最後のお知らせについて触れなくては!!」

望月 (……“それより”……)

猪口 「……? どうした? 望月くん」

望月 「い、いえ、それよりお知らせに触れないといけませんよね!」

猪口 「ああ。という訳でムービーにもあった通り本日をもって 『月影の鎖 キャラクターツイッター』は一旦お終いだ」

望月 「今まで約五ヶ月の間でしたが、お付き合い誠に有り難う御座いました」

雅 「また、何かあったらふらっとツイッターを使うかも知れないが、その時にはまた宜しく頼む」

樹 「兄の言葉を忘れないよう留意してください。……また、何か機会があれば宜しくお願いします」

榛名 「うん! 僕達とまた仲良くしてね? ……ばたっ」

神楽坂 「華麗に復活したと思ったら一瞬で倒れたな」

望月 「お礼だけは伝えておきたかったんでしょうね。“ちょこれーと”を貰えなかった傷は相当深いようですが」

神楽坂 「さて、待たされれば待たされるほど大井川が焦れるだろうからな、そろそろ彼のSSに移ろうか」

望月 「そうですね。……えーっと、それでは最後になりましたが」

望月 「このブラック♥バレンタインというどうしようもなく『月影』な企画にご参加下さった皆さん、有り難う御座いました」

猪口 「ツイッターに関しても、絡んでくれた皆に感謝しているぞ」

神楽坂 「ちなみにWEBでは、俺達のバレンタイン特別ボイスも配信中だから、聞き逃すでないよ」

雅 「という訳で、続きは遂に大井川の依存グッドSSだ」

樹 「是非、お楽しみ下さい」

雅 「おっとそうそう、このSSだが、狂爛モラトリアムの花柳街アナザー共通ルートから」

雅 「もし大井川の手を取り本土に行ったら……というif設定から始まるSSだ」

雅 「それを踏まえた上で読むこと。良いな」





【 白紙 】


――なぁ、本土に行こう。

あの時の兄は、今にも泣き出してしまいそうだった。
いつだってにこにこと朗らかに笑って、私を元気付けてくれたり、安心させてくれたりするあの兄が、今にも泣き出してしまいそうだった。私さえこんな所にいなかったら、兄はこんなに辛い思いをする必要なんてなかった。
それを思えば胸が痛くて、今すぐに消えてなくなることの出来ない己を恨んだ。
だから本来なら、兄は私のことなど忘れて一人自由に生きていく道を選ぶべきなのだ。

それなのに、私は兄の差し出す手を掴んでしまった。
それは互いにとって良くない未来だと心の何処かで感じていたのに……



螢さん達の位牌を持って、最低限必要な物だけを大急ぎで集めて、たった一つ大事な物も忘れずに、私達が逃げるように本土に引っ越してから、早一ヶ月の時が過ぎた。
最初は何の計画性もないまま飛び出してきた為に、様々な所を転々とする生活を送っていたけれど、今は漸く都会の一角に住む場所も見付けて、何とか生活を成り立たせ始めた。
本土にも慣れている兄は新たに新聞社に勤め始めたが、私は初めての本土での生活に未だ四苦八苦している状態で、働き口を探すことすらままならない。
残月島での生活に比べたら、家は狭くなり生活はひもじくなった。

少しでも早く働いて兄を助けたい。
……そう思うのに、何もかもが残月島と違う本土での生活に、私のような片田舎の人間が馴染むには、まだ時間が必要だった。

「はぁ……」
「……どうした? 溜め息なんて吐いて」
「えっ……」

夕餉の食器を洗いながら、小さく零れてしまった溜め息。驚いて振り返れば、そこにいたのは兄だった。誰より疲れた姿を見せてはいけないと思っているのに、兄には近頃こうした姿が良く見つかってしまう。それだけ、私の気が抜けているということなのだろう。それを思うと酷く申し訳ない気持ちになって、私は笑みを浮かべた。

「ふふ、本当だね。溜め息なんて吐いたら、幸せが逃げちゃうよね」
「幸せ、ね……」
「うん。ほら、良く言うでしょう?」
「そうだなぁ……まぁ幸せが逃げたとしても、俺はお前から逃げないから」
「お兄ちゃん……」

兄はそれだけ言うと、私の頭をそっと撫でた。
安易に『そんなことないよ』なんて言わないのは、少なからず責任を感じているからなのかも知れない。兄には本当に申し訳ないことをしている。
本当に、少しでも早くお金を稼いで、兄に楽をさせてあげたい。そんな気持ちばかりが己の中に降り積もっていく……。



数日後。
私はお買い物を兼ねた散歩の後、帰宅して部屋の掃除を始めた。
そろそろ、本気で働き口を探したい。本土での生活が慣れないなどと言ってはいられない。
だが私が働くにしても、料理以外に出来ることなどないだろう。だから料理が主な仕事で、尚且つご年配の方が多い場所。月の畔には年配のお客様が多かったから、慣れてもいる。しかしそういう店を探しても、土地柄なのか、若い人が出入りするような店しかない。
選り好みしている場合ではないということは、重々承知している。けれど、どうにも若い人達の会話についていける気がしないのだ。
愛だの恋だの、そんな話もあれば女学生さんらしき人のお勉強の話も、お店でしていたように聞くだけなら出来るかも知れないけれど、自分が会話を振られた時、私は何も言えなくなってしまう。
その上、本土の女性はもうその殆どが洋服だ。私のように和装を身につけている人などいないも同然。だからかも知れないが、道行く多くの人には物珍しそうな顔をされた。勿論、それが悪いという訳ではないのだろうということも分かっているけれど、何となく居心地が悪かった。……洋服など一着だって持っていない。だからといってそれを買うお金などあるはずもない。そんなお金があったら、全て生活費に充てたかった。

……それから丁度一週間が過ぎた、ある日のことだった。
私はふと見慣れない一冊の帳面を見付けた。
更に、周りにも何冊かの同じような帳面が積み上がっている。
何気なく気になった私は、その帳面を開いてみる。



某年 某月 某日
今日も妹は悲しそうだった。
それでも俺が声を掛ければ、何事もなかったかのように笑ってみせる。
自分がいなければ、俺が故郷を離れる必要は無かったなどと、今も考えているのだろう。
あの逃げ出した日、自分が俺の提案を受け入れたりしなければ……自分の存在ごと忘れて俺は一人、自由に生きられたんじゃないか……なんて、考えているのだろう。
『溜め息なんて吐いたら、幸せが逃げちゃうよね』
今日、妹はそんなことを言っていた。
だから俺は言った。
「幸せが逃げたとしても、俺はお前から逃げないから」
俺には妹をここまで連れてきた責任がある。
だから、約束した。


「お兄ちゃん……」
恐らく、これは兄の日記帳なのだろう。そこには以前会話した時には知ることの出来なかった兄の気持ちが綴られていた。
あのずぼらを絵に描いたような兄が、日記を書いていることに少々驚いたが、それ以上に私のことを大切に見守ってくれていることが嬉しかった。
だから、良く無いことだと知りつつも、私はその手を止めることが出来なかった。


某年 某月 某日
今日の妹は、近所を散歩してきたらしい。夕食時には左手に味噌汁を持ちながら、そんな話をされた。丁度箸が摘まんでいた具は大根だったと思う。俺が『今日は何をしてたんだ?』と何気なく尋ねると、少しだけ考えるように上方に目を遣り、直後のことだ。
散歩の際、道行く人は皆洋服を着ていると、妹は続けるように言った。その色は桜色や菫色などらしいが、俺は花の色で例える辺りが彼女らしいという感想を持った。
時々同じように着物を身につけている人もいるにはいるが、その多くは中年と呼ばれる年のご婦人で、年が近いであろう女の子達の中には滅多に見掛けることがないらしい。
その時、少しだけ睫が伏せられた。その伏せられた角度は丁度斜め四十五度……と言ったところだろうか。見覚えのあるその角度は、彼女が悲しいことを隠す時特有の物だった。瞬きもいつもであれば一定の拍子を刻んでいるが、乱れており、俺が一つ呼吸をするにも、少なくとも五回以上は閉じたり開いたりを繰り返していた。最後など七回だ。話す声に至っても、過去に店で聞かせていた声、そのものだった。……あの、作り笑いだ。
奇異な目で見られたのだろう。そしてそれを辛く感じたのだろう。
俺は洋服が欲しいのかと彼女に尋ねた。万が一頷けば、喜んで買ってやろうと思ったが、彼女はやはり当たり前のように首を横に振った。それも、いつも以上に力が入っており、髪が酷く乱れるほどだった。回数でいえば、四回。
『やっぱり着慣れてるものが一番だよ』
しかし彼女はこう言った。心からそう思っているなら勿論構わない。だが、彼女の言葉に隠れている物は俺への気遣いだ。金を節約して、少しでも家計の足しにしたいのだろう。
元より俺を含め、他人からの贈り物などは殆ど受け取ろうとしない彼女のことだから、間違いない。『周りと違う』というのは、少なからず彼女の心に傷を残しているのだろうに。



「え……」
気の所為と言えば気の所為なのかも知れないし、考え過ぎと言えば考え過ぎなのかも知れない。しかし、日記は日を追うごとに描写が克明になってきているように思うのだ。……それも、少し度を越えて。

だから、そこで読むのを止めれば良かったのに。
私は頭の中の意識に背くように、また新たな帳面を手にしていた。


…………。


そして、今度こそ声を失った。
日記を持つ手の震えは先ほどからずっと止まらない。
何故なら、そこに記されていた文面が余りにも余りで、先ほど感じてしまった不審な気持ちが確信に変わってしまったからだ。
手にした日記には、まさに昨日の出来事が記されていた。
そこには私ですら覚えていないような何気ない一言から一挙手一投足に至るまでの出来事が直ぐにでも真似出来そうな程、生々しく記されていた。一秒の間に起こった出来事が文章になれば長くて、ぱらぱらと先を捲れば、その帳面は昨日の私のことで数十頁にも渡っていた。勿論、白紙だったはずの帳面は、びっしりと黒い文字で埋まっている。
――こんな日記が書けるのは兄しかいなかった。

「……っ……」
私は両手で体をぎゅっと抱き締めた。
それは寒気の為ではない、この日記を書いている兄に対してこんな感覚を得てしまった自分に対する薄情さだ。兄が私の傍にいてくれなければ、私をここまで育ててくれなければ、私をあそこから連れ出してくれなければ、今の私は存在していないというのに――。

私は抱き締めていた腕を解き、一度ぎゅっと拳を握りしめると、その日記帳の汚れをそっと払った。
そしてもう一度全て、頭の中に叩き込むようにしっかりと読み進める。
――最後に、私は棚の中から、まだ一度も使っていない帳面を取りだした。



読み返す日記も、もう何日目になるのか。
少なくともぱらぱらと捲るだけでは読み切れない程になっている。
俺はその中でただ一枚だけ、白紙の頁に手を止めた。

それが昨日だ。
それは決して書き忘れた訳でもなく、かといって書くことがなかった訳でもない。
ただ、知ってしまったから書けなくなってしまっただけなのだ。
――彼女がこの日記を読んでいることを。

だが、彼女も俺もまるで何事もなかったかのように生活している。俺は彼女の『兄』で、彼女は俺の『妹』。何処にでもいる普通の家族であり兄妹。
だから、日記にはごく当たり前の彼女を綴っていた。戸惑ったり困ったり、そういう年相応の姿を見せることだってあるのに、何故こういう時には何事もなかったかのような顔が出来るのか……考えると淋しかったけれど、俺も似たようなものだから、何を言う資格もないと自己完結する。
――だが、そんなのはまだ序の口でしかなかったのだと、俺は後々知ることになる。



今日も、私は兄に隠れて日記を読む。
すると、相も変わらず『妹』のことが書かれていた。
いや、『相も変わらず』なんて言葉は失礼なのかも知れない。
以前にも増して、分かりやすく『妹』の存在を兄は記しているようだ――……

成る程、そうだったのか。
自分のことというのは案外自分でも分からない物なのだと、兄の綴る日記を読みながら私は感じていた。そして、同時に兄はどれだけ事細かに私を見ているのかを思い知る。
だが、そんな兄に対する驚きも何も、今は感じない。
今はただ、それだけ私のことを理解しようとしてくれている兄に感謝し、私は兄の日記に描かれた『妹』を続ける。



今日も私は兄の『妹』日記を手に取る。
そして、兄が仕事に出掛けている間に、私は一頁目から舐めるように読み込む。
そこにいる『妹』に執心している兄の日記は、日に日にその描写を克明な物にし、分厚さも増していっている。例えば、殆ど同じ材料を使っているはずのおかずの味の僅かな違いを記していたり、私が何気なく目を擦った時に何回擦ったかだけでなく、そこから揺り落ちた睫について認めていたり……。勿論、顔を合わせていない時の描写は少ないが、それでも私の行動を把握している『兄』は、その一連の動きに関しても予測の上、記していた。

そんな中、私は今まで目にしたことのない一文を見付けた。
それは何気ない一文だった。
『我が侭を言ってくれるようになってくれたら、俺は嬉しい』



――急にどうしたというのだろう。
ある朝突然、彼女は俺に買い物に付き合って欲しいと口にした。『今日は買う物が沢山あって、少し重くなっちゃいそうだから』なんて、微笑んで。
それは、まず間違いなく俺の日記を盗み見た結果なのだろう。何故なら、何でもないような顔をしているが、そこには僅かな口角の上がり方の違いが見て取れるから。

顔にこそ出さなかったが、俺は胸の中にじわり……と、何かが広がっていくのを感じた。それこそ、堪えるようなことさえしなければ、彼女の微笑みよりよっぽど自然に俺は微笑んでいただろう。
「……でも、もしかしたら偶々かも知れない」
俺は敢えて口に出すようにして呟いた。
すると、少しずつ『そうかも知れない』、『いや、きっとそうだ』、『そうに決まっている』なんて囁きが頭の中に溢れて、がらがらと大事な物を崩していく。だから、もう一度だけ……そんなことを思って、俺はまた新たな『願望』を書き綴った。


今思えば、浅はかにも程があった。
だって、一度でもたがが外れてしまえば、歯止めが利くはずなかったのだから。



兄のことを日記に認め始めてから、一体どれだけの時間が経ったのだろう。
とある日の夜、私は兄が眠ったのを確認してから小さな行燈の明かりの下で認めてきた日記を読み返していた。
兄が綴る私の日記に驚き、身体を震わせてしまったあの日のことから、兄のことを観察し、記し続けてきた日記。

――するとやはり、そこには兄が変化していく様がはっきりと示されていた。
ずっと疑問に思いながらも読み返すことの出来ずにいた日記。
兄はこんな風に笑っていただろうか、こんな風に口にしていただろうか。
それ以前に私は兄の日記にあるような『妹』だっただろうか、
こんなに甘えて笑って、兄だけを頼るような『妹』だっただろうか。

答えは否だ。
兄がそんな『妹』を望んでいたから、応え続けただけ。
兄が私にそんな『妹』であって欲しいと求めていたから、応え続けたかっただけ。

――だが、いつしか私はそれを嬉しいと思うようになっていた。
今まで誰にも振り向いて貰えなかった私を、兄は逐一見つめ続けてくれたから。
私のことばかりを見て、私のことばかりを考え、私にだけ望み求め続けてくれたから。
兄を観察していて気付いた。
兄は『綺麗なお姉さんと仲良くなりたい』などと良く言っているが、言っているだけで全く行動に移す気がない。それどころか、一緒に歩いている時に綺麗なお姉さんとすれ違っても、当たり前のように見逃している。最初は兄の好みではないだけなんじゃないかと思っていたが、……それは違う。兄はそもそも私以外を見る気がないのだ。兄の頭の中には私しかいないから。

ああ、何故今まで気が付かなかったのだろう……



その日も、俺はいつものように帳面に向かい合っていた。
彼女のことだけを書き連ねている、あの日記帳だ。
だが、俺はいつものように自らの『願望』を書けなくなっていた。

それは、ふとした出来事だった。
同じ新聞社で働く社の同僚が、結婚した奥さんとの間に子供が生まれたと報告してきたのだ。確かに懐妊したという話は聞いた覚えがあるが、いつ生まれるかなど全く気に留めていなかったから、嬉しそうに笑う彼に、俺は驚きと同時に……はっとした。
俺は一体何をしているのだろう、と。

家族は慈しむものであり、存在するだけで素直に喜べるものだったはずだ。
そんな『家族』に、俺は己の卑しい望みを抱き、あまつさえそれを彼女に叶えさせようとしている……

読み返す日記には、俺の『本音』が溢れていた。
『彼女がこうだったら良いのに』、『彼女にはこうあって欲しい』……。
ずっと、それだけはしてはいけないと思っていたのに、俺は彼女に『本音』を伝えていた。この日記は彼女も読んでいると気付いていて尚、だ。……最低なんて言葉では済まない。


俺は彼女には気付かれないよう、少しずつ少しずつ日記の内容を元に戻していった。
だが今更、――そう、そんなのは今更だったのだ。


十一
某年 某月 某日。
「彼女は今日も楽しそうに洗濯をしていた。
俺の服には何か落ちない汚れでも付いていたのだろうか。
だが、暫く格闘した末に綺麗になったのか、彼女はとても喜んでいた。
こうしていつもと変わらない様子の彼女を見ていると、心がほっと温かくなる。
ずっと、こうして何気ないことで笑い合える日常が続けば良いな……と思う」


私は兄の日記を読み終えると、ぱたりと帳面を閉じた。
そのまま顔を上げれば、鏡台の鏡には微笑む私が映っていた。
そして同じように、微笑む私の後方には僅かに引き戸を開けてこちらの様子を見つめる兄の姿が映っている。目が合えば、その顔は見る見る内に驚きに、そして次第に青ざめた顔に変わっていった。
様々なお化粧品と共に、鏡台には日記が積み上げられている。
だが、何も言わずにじっと鏡越しに兄の瞳を見つめていると、その瞳は、暫くして同じく真剣な目で私を見つめ返して来た。唇を、一度だけ噛みしめたように見えた。

「……読んでるのは、俺の日記だな」
「うん。私のことばかりが書いてある、お兄ちゃんの日記だね」

私は再びそれを開きながら、彼の文字を指でなぞる。
あまり綺麗とは言えない文字が何だか愛おしく感じる。

「ねぇお兄ちゃん、最近、全然私に望んでくれないね?」
「…………。……気付いてたのか」
「当たり前だよ。だって私達、兄妹でしょう?」
「…………そうだな」

鏡越しに見る兄の顔が、紅潮しているように見えるのは気の所為だろうか。
いや、気の所為ではないだろう。これだけ離れていても気付く程に顔色が変わっているし、何よりあんな兄の表情は今まで見たことがない。
見たことがあれば、どんな時か、私が何をした時か、しっかりと日記に記すだろう。
そして、同じことを兄に施し、私はきっと望んでいたものを得るだろうから。

「……いつから、気付いてたんだ?」
「いつから……お兄ちゃんは、いつからが良いの?」
「え……」
「お兄ちゃんが望んだ日で良いよ。その日に私がお兄ちゃんの変化に気付いたってことにする。そうやって日記に書いたら、それがお互いの中では『真実』になるよね」
「…………」

今度は、鏡の向こうで兄が絶句していた。その目は行き場を失ったようにぐるぐると様々な所を巡り、……最後は僅かに伏せられた。

日記から感じる、最近の兄は酷く冷静だった。
私を彼の中の『妹』の枠の中に押し込め、自らはその枠以上に触れようとしなくなった。
少し前までは、平気でその枠を越えたような要求をしてくれたのに。

恐らく、考えているのだろう。
兄はこの場が丸く治まるように、考えているのだろう。
……――けどね、お兄ちゃん。それは『逃げ』だよ。

「約束してくれたよね? お兄ちゃんは私から逃げないって」
「……っ」
「約束、してくれたのは嘘じゃないよね?」

この帳面を見付け、興味本位に読み進めたあの時、私は驚き以上に、きっと恐怖感を感じていた。何故こんなものが存在するのか、そして無記名でも兄以外に書けない日記を、何故兄は書いたのか。そんなことを考えると、それこそ背筋が凍り付きそうだった。
けれど、そんな感情を持つのは許されない。
何故なら、自分をここまで育ててくれたのは、螢さんと兄である『彼』だから。
だから私は、その日記と向き合うことにしたのだ。
そして、いつしか気付いた『彼』の願望。
そこにいる『妹』は私ではなく、兄の求める『彼女』だった。

そうと分かった頃には、もう私の感情は大きく変化していた。
『妹』になりきることで『彼』が喜んでくれるなら良いと思い、始めた真似事だったのに、『彼』の要求が次第に妹の枠から外れた『彼女』に対するものだと気付いた時の感情は、
……そう、『悦び』だった。

『彼』は『私』のことをこんなに求めてくれている。
『彼』は『彼女』が欲しくて堪らないんだ。
――ねぇ、それならもっと求めて良いんだよ。

「お兄ちゃん。この日記に書いてあること、口に出して良いんだよ?」
「…………」
「日記なんかじゃなくて、ねぇ、私に……」

鏡の向こうの兄は俯いていた。
だから、どんな表情をしているのか分からなかった。
けれど、暫くするとそんな兄が足音と共に、こちらに近づいてくるのが見えた。

そして、『彼』は、母親のたった一つの形見である鏡台の布を静かに落とした――。



『――ああ、もう逃げたりしないよ』

終わり


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